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【読書】コインロッカー・ベイビーズ/村上龍

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一九七二年夏、キクとハシはコインロッカーで生まれた。母親を探して九州の孤島から消えたハシを追い、東京へとやって来たキクは、鰐のガリバーと暮らすアネモネに出会う。キクは小笠原の深海に眠るダチュラの力で街を破壊し、絶対の解放を希求する。

 

 しばらくはヒリヒリが消えなかった。痛みを帯びた生々しい文字たちが、もともとあった傷口をえぐるように畳み掛ける。村上龍の小説は、いつかに読んだ『五分後の世界』以来だった。やり過ぎなくらいの比喩でその世界観に拉致られて、劇薬とわかっていてもページをめくる手が止まらない。爆音で鳴り響いている物語がいつの間にか心地よくなって、一行一行を追いかけているときだけは現実から切り離された。親に捨てられコインロッカーで生まれた2人の男、キクとハシ。それと、鰐のガリバーと暮らすアネモネという女性。全編にわたってこの3人を軸にストーリーは進んでいく。

 

思えば、不器用ながらにいつのまにか我慢の仕方を覚えていた。上手く回っていると信じて疑わなかった歯車が、止まらないように、できれば潤滑油になれるように。淡々と進んでいく毎日を肯定して、そういうものだと受け入れていた。生活は物語未満の物語を重ねていく。あらゆる欲に、鍵を掛けて。たまに溢れ出しそうになったときは、両手で抑えた。それが繰り返されると、もはや鍵があることすら忘れてしまっていた。そのことで何か日常に不具合が起きるわけでもないし、不自由もない。悪い意味で、慣れていた。

だからキクとハシの存在は、どうしようもなく意外だった。宇宙人を見るみたいな目で、羨望の眼差しで、彼らを追いかけた。キクは深海に眠る超興奮剤ダチュラを求め、ハシは幼少期に聞かされた心音を探し続けた。

実はこの文章を書き始めた時、『コインロッカー・ベイビーズ』は他人事のように感じていた。だけど読み返してみると、違った。話の大小はあるにせよ、全然他人事じゃない。むしろ名指しで呼ばれたような、そんな感覚。他人事に感じてしまったことが怖くてたまらない。30分前の自分にさよなら。むかし、これが正解だと信じ込んで境界線を引いていた記憶について、もうそんなところまで鈍くなってしまっている自分に驚いた。外の世界の、その存在自体も忘れていた。当たり前は、いつから当たり前になったのだろう。鍵を掛けていたつもりが、実際は、その壁に妨げられて光から隔離されていた。上も下も前も後も右も左も、あのとき自分から鍵を掛けたはずなのに。六方を壁に囲まれたコインロッカーの、暑苦しさに今さら気づいて、死んでいることも気づかないうちに死んでいた。死の対極は生じゃなくて変化だった。キクとハシは過剰なくらい、熱狂的に生きていた。キクはダチュラで東京を破壊し、ハシは音を見つける。それぞれのコインロッカーからの解放。できることも知らなかった。まだ間に合うのだろうか。錆びきってしまった鍵を無理やり突っ込んで、精一杯右に回してみる。